私が開院した理由

痛みが全然引きませんでした…

 

小学校3年生から、クラブチームに入って
硬式野球をしていました。

 

高校に入っても野球を続けてきましたが頑張り
すぎたつけが回ってきたのか肘を痛めて
しまいました。

初めは「少し痛いな」というぐらいだったのですが、 だんだん痛みがきつくなり、うずいて眠れないようになりました。

仕方がないので病院に行って検査をしてもらいレントゲンを
撮って言われた言葉が

 

「異常なし」

 

病院や整形外科では何もしてもらえないので、接骨院・整体・針灸院・
カイロプラクティック…といろいろな治療院に行きました。

 

…でも痛みはとれません。

 

肘の動きはどんどん悪くなり、日常生活にも支障がでるようになりました。

 

師匠との出会い

 

高校を卒業して大阪社会体育専門学校に入学しました。

小さい頃から身体を動かすことが好きだったので将来は
インストラクターかトレーナーという職業につきたいと思っていました。

アルバイトを探しているときにたまたま先生に
勧められたのが師匠の曲 延秀先生がいる接骨院でした。

そんな偶然的な出会いが、今の僕の原点です。

 

衝撃的でした

 

ある日、自分で歩けずに担がれて来院された方がいました。

処置室に入るのも自力で歩けない。ベットで寝返りもできない。
そんな方が出てくる時には自分の足で立ってスタスタと歩いて帰っていく。

衝撃的でした。

今まで病院・整形外科・整骨院・整体・カイロプラクティック針灸院…と
いろいろな治療院を見てきましたが、

 

自分で歩いてこれなかった人が自分で歩いて帰るというのを
みたのは初めてで本当に驚きました。

 

「自分もこんな仕事がしたい」

これがこの業界にはまることになったきっかけです。

 

毎日が大変でした

 

資格を取るため、朝は仕事、昼間は学校、
晩も仕事という生活が3年続きました。

しばらくの間は実家から電車で
片道1時間半かけて通勤していました。

時には1時間寝過ごし和歌山の方まで
行ったこともあります。
(当時僕は熊取町に住んでいたので)

朝は電車の中で教科書や参考書を開いて勉強し、
午後は学校で勉強して、また帰りは電車で本を開いて勉強。

自分でもほんとによく頑張ったと思います。

 

無事に合格して国家資格を取得

 

無題

頑張ったかいもあり無事に国家試験にも合格し、
免許を取ることができました。

患者さんも任せてもらえるようにもなりました。

自分が責任をもってその方の症状を診る。

責任重大ですが、任せてもらえるということがとても
嬉しく毎日が楽しくて仕方ありませんでした。

その後、副院長になってからはさらに忙しくなりましたが、いろいろな症状の
患者さんを診ることができて、毎日がとても充実していました。

 

整骨院で働くためには【柔道整復師】という国家資格が必要です。

この資格は

「人に施術を行うことができますよ」
という国から認められた資格です。

さらに、

「開院して急性症状であれば保険を使用することができます」

という資格でもあります。

 

念願の開業

 

DSC_0601 平成19年1月にここ堺で、やっと自分の
治療院を開院することができました。

今も色々な症状の患者さんを施術して、充実した日々を過ごしています。

最近では仕事が楽しすぎて、ほとんど趣味になっているような気がします。

妻には「仕事とプライベートをわけて」と怒られますが…。

今も当時と変わらない想いで、毎日施術にはげんでいます。

 

整骨院業界のモラルの低下

 

しかし最近の整骨院業界はひどいような気がします。

患者さんが入ってきたら問診もせずに
電気  →  ローラーベット  →  牽引  →  マッサージ  といった流れ作業。

保険を使ってマッサージしかしないようないい加減な整骨院が多すぎる。

これは違法ですし、なによりマッサージ師という国家資格を持っている方に失礼です。

柔道整復師として、プライドを持って施術を行わなければいけません。

 

最後に

 

当院では、妊娠中の方をはじめ
出産後の骨盤管理・病院で手術しないと
いけないといわれた方やスポーツで
ケガをされたまで幅広く来院されています。

今後の目標として、調子が悪くなったら

 

「中林整骨院に行ったら大丈夫」

 

と言われるような治療院を目指しています。

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